
先日、作家 嵐山光三郎氏の訃報を知る。昭和軽薄体の作家のひとりでR。「昭和軽薄体」では今年の6月にロードバイクで国分寺を訪れ椎名誠「さらば国分寺書店のオババ」の店舗跡や森田童子を訪ねていた。「さらば国分寺~」はラジオドラマでしか聞いたことがなかったので文庫本を仕入れ読んでみた。ラジオドラマは結構茶化した内容だったので小説はもっとマシかと思っていたがはたして逆だった。あまり冴えない小説の意図を汲み取りしっかり脚色演出したものがラジオドラマだったのだ。この作品は椎名のデビュー作ということもあったので1冊だけで批判するのも悪いと思い同作家の「哀愁の町に霧が降るのだ」上下巻も一気に読んでみた。相変わらず薄い内容で週刊コミック誌よろしく読んだ端から内容を忘れる読み飛ばし本だった。1980年代からバブルを経て90年代まで、日本の社会はエネルギッシュで世界を席巻しジャブジャブのカネ余りと浮かれた熱気に包まれていた。サブカルチャーでも先の「昭和軽薄体」やヘタウマ漫画、渡辺和博の「○金・○ビ」、糸井重里、日比野克彦に赤瀬川源平などちょっと胡散臭いゲージュツ家を連日のようにTVで見かけたものだ。しかしそれは社会に余裕がありそれだけ懐が深かったともいえる。ボディコンのお姉さんがお立ち台で扇子を振り回し、万札をなびかせタクシーを停めるような時代は二度とやってこないだろう。この閉塞感と夢のない今の社会と浮かれポンチの当時では間違いなく昔のほうが輝いていた。